◆◇◆ごちそうサンマ!の話◆◇◆

一ヶ月のご無沙汰です。皆さんはお元気にお過ごしのことと思います。さて、暦の上では8月7日が立秋です。ですからすでに「残暑」なのだそうです。確か「今年の夏は暑くて長い」という長期予報が出ていたと思いますが、できれば外れて欲しいと思う今日この頃ですね。そこで、せめて気分だけでも早く秋になりたいと、今月は秋の代表的なお魚「サンマ」の話をお届けします。

あなたはなぜ「サンマ」でなぜ「秋刀魚」なの?
まずは名前の由来から。体の幅が狭い、つまり細長い魚を意味する「狭真魚(さまな)」が転化して「サンマ」という名前が付いたといわれています。そして漢字は、背中が青紫で腹が銀白色に輝く細長い魚体が刀剣を連想させ、秋に獲れる代表的な魚であることから「秋刀魚」の字が当てられるようになりました。江戸時代には当て字として「三馬」とか「馬」とも書かれ、現在でも水産業界では、「午」の字が使われてるところもあります。でもやっぱり「秋刀魚」がいいですよね。字を見ただけで姿が浮かびますもの。

サンマのつかみ取り !?
現在のサンマ漁は、主に棒受け網漁という漁法で行われています。これは、サンマが光に集まる習性を利用して、夜間に集魚灯でサンマを集め、下から四つ手網ですくい上げる方法です。他には刺網漁といって、サンマの通り道に網を仕掛け、サンマがその網に刺さって抜けなくなるという漁法も行われています。もう一つ、面白い伝統的な漁法があります。何とそれは「つかみ取り漁」です!

サンマの群れはエサ(動物プランクトン)が多く、流れ藻が漂っている潮流の境目を通り道にしています。この性質を利用して、船の脇に海藻を付けた筵(むしろ)を浮かべ、これに集まってきたサンマを筵に開けた穴から手を突っ込んでつかみ取ります。これを「つかみ取り漁法」といって、現在でも佐渡や北海道の奥尻島に残っています。ちなみに、漁師さんは一度に数匹をつかみ取ることができるそうです。挑戦してみたいですね。

サンマの「目利き」
魚の雄雌の見分け方は大抵難しいですが、サンマの場合を伝授しましょう。雌は下顎(したあご)の先端が淡黄緑色をして鋭くとがっています。一方、雄の下顎は橙黄色で鈍い円形をしています。そして鮮度と脂の有無を見分けるポイントです。まず、魚体に光沢があり、目が黒く澄んでいること。大きくて身に張りがあり、尾まで太いこと。さらに、口先や尾のつけ根が黄色くなっているものは「大漁秋刀魚」と呼ばれ、脂の乗りも最高です!さて、次回お店に行った時にじっくりサンマを見つめてみてください。

▼所変われば「ごちそうサンマ!」
サンマは皆さんがご存知の通り回遊魚です。7月頃に北海道東岸沖に現れ、三陸沖を南下して10月には常磐から銚子沖にに達します。南下の終点は四国、九州沖と言われています。この南下の途中で産卵し、孵化(ふか)した稚魚は北上を始め、夏に再び北海道沖に現れます。サンマはこのように広範囲を回遊しているため、各地で様々な食べ方があります。

▽刺身:最近では冷蔵、輸送手段が進歩して、どこでも鮮度のいいサンマが手に入りますが、そうでなかった頃までは、刺身で食べることができるのは水揚げ産地の特権でした。そんな訳で、まずは三陸の刺身ですね。

▽なれ寿司:紀州ではお祭りの日にサンマのなれ寿司を食べる習慣があるそうです。12月頃に紀州沖で獲れる、脂の落ちたサンマを使います。

▽丸干し:伊豆や紀州、北陸などでは脂の落ちたサンマを丸干しにします。脂分がないかわりに旨味が勝って美味しいですよ。また、サンマの若魚を丸干しにしたものを「針子(ハリコ)」といいます。

▽塩焼き:これはもう説明の必要はありませんが、焼く時のポイントを少々。サンマのような青魚には、スダチやレモンなどのかんきつ類を添えると臭みがやわらぎ食べやすいですよ。もちろん大根おろしもお忘れなく。また、1尾を半分にして焼く場合には、背中から肛門にかけて斜めに(鋭角に)切ってください。こうすれば内臓を切断しないのでうまく焼けます。そして皮目に包丁を入れると、まんべんなく火が通ります。

目黒区のサンマ !?
「目黒のサンマ」と言えば有名な落語ですが、「目黒区のサンマ」というのを知っていますか。正確には東京都の目黒区が主催する「サンマ祭り」のことです。この落語にちなんで毎年9月に(第6回目の今年は9月23日)気仙沼直送のサンマ数千尾を焼いて区民に振舞うそうです。これは区民まつりの中の一つのイベントだそうですよ。また、お隣の品川区でも同じ「サンマ祭り」が行われています。こちらは目黒駅前(山手線の目黒駅は品川区内にあります!)の商店会の主催で、第5回目の今年は9月15日に開催されるとか。内容は落語の上演と、サンマの炭火焼の試食、生サンマのプレゼント等盛りだくさんだそうです。どちらが本家なのかといったヤボな詮索はやめて、両方とも、是非参加させてもらいたいですね。お近くの人はいかがですか?

※古典落語「目黒のサンマ」は、末尾の<付録1>をご覧ください。

サンマ苦いか塩っぱいか?
さんま、さんま、
さんま苦いか
塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふは
いづこの里の
ならひぞや。
というのは、佐藤春夫の有名な「秋刀魚の歌」という詩の一節ですね。ウ〜ン、何だかジワ〜っと秋の気分になって来ませんか。そんな気分に水を差すようで悪いのですが、私はサンマのはらわたは甘いと思います。今では、冷凍技術の進歩で一年中美味しいサンマが食べられますが、はらわたの味は、純生と解凍では致命的に違いますよね!かく言う私も、「秋刀魚の歌」と同じで子供の頃は、一番美味しいはらわたを父に食べてもらっていました。

※もっと「秋の詩の気分」に浸りたい方は、<付録2>をご覧ください。

サンマパワー全開
いつの頃からか、「サンマが出れば按摩(あんま)が引っ込む」と言われるようになりました。これは勿論、サンマの栄養価と薬効の高さを表した言葉です。その「サンマパワー」を紹介しましょう。サンマは貧血に効果のあるビタミンB12を他の魚の3倍以上も含んでいます。また、ビタミンAも豊富です。サンマのビタミンAはレチノールといって、皮膚や粘膜を丈夫にする、眼精疲労を防ぐといった効果もあります。またこのレチノールは、最近ではガンの予防効果があると注目されている栄養素です。でも、焼いたときにできるコゲには発ガン性がありますので、それを抑制する効果のある大根おろしと一緒に食べて下さいね。

<付録1> 落語「目黒のさんま」----あらすじ
野駈にきた殿様が目黒の農家で食べたサンマの味を忘れられず、後日家来にサンマを所望します。家来は気を使って、サンマを蒸してすっかり脂を抜いたものを殿様の膳に添えました。すると、もちろん美味くありません。「これはいずれから取り寄せた?」「ハハッ。日本橋魚河岸にござります。」 「あ、それでいかん。サンマは目黒に限る!」

<付録2> 佐藤春夫 「秋刀魚の歌」
あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば
伝へてよ
−−男ありて
今日の夕げに
ひとりさんまを食ひて
思ひにふける と。

さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑の酸(す)を
したたらせて
さんまを食ふはその男がふる里の
ならひなり。
そのならひを
あやしみ
なつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎ来て
夕げにむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする
人妻と
妻にそむかれたる男と食卓に
むかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男に
さんまの
腸(はら)をくれむと
言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
汝こそは 見つらめ
世のつねならぬ団欒(まどい)を。
いかに
秋風よ
いとせめて
証(あかし)せよ
かの一ときの団欒(まどい)
ゆめに非ずと。

あはれ
秋風よ
情(こころ)あらば
伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児(おさなご)
とに伝へてよ
−−男ありて
今日の夕げに
ひとりさんまを
食ひて 涙を
ながす と。

さんま、さんま、
さんま苦いか
塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食ふは
いづこの里の
ならひぞや。
あはれ
げにそは
問はまほしくをかし。

大正10年10月 『人間』発表


■メールマガジン<お魚よもやま情報>2000年8月号