◆◇◆海の貴婦人の話◆◇◆

日本で一番消費量の多い貝と言えば、アサリでもシジミでもカキでもなく、ホタテ貝です。古くは5千年〜7千年も昔の貝塚からホタテ貝の貝殻が出土しています。縄文時代にはホタテ貝はすでに重要な食料だったのです。 現在に至っては、他の貝類を圧倒する漁獲量と、貝柱の旨味、栄養価の高さ、さらに姿の美しさから「貝類の王」、「海の貴婦人」と賞賛されるのです。和洋中を問わず料理方法も豊富で、子供から大人まで誰もが好む味わいです。

ホタテ貝ってこんな貝です・・・
小売店では剥き身をボイルしたもの、貝柱だけのもの、殻付きで生きているものもあり、姿はお馴染みですね。ホタテ貝はウグイスガイ目イタヤ貝科に分類される二枚貝です。仲間には蝶番(ちょうつがい)の辺りから足糸を出  して岩礁などに固着して一生を過ごすものが多いのですが、ホタテ貝のグループは、この足糸を成長過程の早い段階で失って自由生活へ入ります。

整った扇形の貝殻の片方は平らで赤褐色、もう片方は外側に湾曲して深さがあり、天然物は白っぽい色をしています。表面には蝶番から放射状の肋(ろく:あばら)が25本前後走り、同心円状に年輪のような線があります。こ  れは実際年輪に近いもので成長輪と呼ばれ、一般的には成長の止まる冬に形成されるのですが、夏の異常な高水温やストレスによって形成されることもあるため、これだけで年齢を確定することはできません。寿命は12年以上と言われています。

日本のホタテ貝は鹿島灘以北の本州太平洋岸、能登半島以北の日本海沿岸から北海道にかけての寒流域に分布しています。水深数m〜100m付近の砂礫底が住みかで、密集せずに散らばって生活しています。

▽ホタテ貝の体にも「前後左右」はもちろんあります
ホタテ貝は海底では平らな殻を上にして生活します。もう一方の膨らんだ殻を下にすると海底の砂礫に密着できて座りが良いのです。ところが、これはホタテにとっては右を下にして横たわっている状態です。ホタテ貝の体の向  きは、蝶番側が背側、反対のヒモがある方が腹側、貝柱が中心よりずれている側が後ろ、反対が前なのです。つまり、腹側を手前にしておいた時に左側が前になります。というわけで、平らな殻は左殻、膨らんだ殻を右殻と呼ぶのです。また、大きさを表す時の殻高とは背縁から腹縁までの長さ、殻長とは前後の長さのことです。
と言ってもこれらはすべて人間が学問的に解明したルールであって、当のホタテにすれば「寝てようが起きてようが、ほっといてくれ」という話ですね 。

▽ホタテに目がない・・のは人間、ホタテには目があります...<;O_o>
ホタテに目がある??? 魚や動物の目をイメージしてはいけません。目の機能を果たすものを目と呼ぶのです。それがどこにあるのかというと、外套膜(貝ひも)の上に点々とある黒点・・・これが目です。小さくてたくさんありますが、レンズや網膜を備えた立派な目です。明るさを遮るものを感じとることができると言われます。また、この外套膜の周縁部にはたくさんの触角を持ち敏感に反応します。

▽天敵からの逃走・・・ジェット噴射!
ホタテの天敵はヒトデです。住環境が重なるのです。敵に襲われても砂に潜り込んで逃げることができないホタテは、海中を飛びます。強大な貝柱で殻をバタバタ開閉させ、吸い込んだ水を蝶番の辺りから噴射して1〜2mも飛ぶことができるのです。これは非常事態の場合だけで、ホタテの行動範囲はごく狭いものです。遠くに引っ越しするようなことはありません。

▽楊貴妃VSヴィーナスVS高砂や〜
ホタテ貝ほどその地位が洋の東西を問わず認められ、高格付けされている魚介類は珍しいと言えます。干しホタテは中国料理に欠かせない高級食材ですが、中国ではホタテ貝の別名として揚妃舌(ようひぜつ)と呼びました。絶世の美女として名高い「楊貴妃の舌」です。美しい光沢と弾力のある貝柱を喩えてのことなのでしょうが、肌ではなく、舌というのが凄いですね(^_^; 。

西洋では、特にフランス料理の重要な食材として高い人気を誇りますが、その地位の高さを物語るものは、かの美神ヴィーナスの絵画や王侯貴族の紋章などです。15世紀の有名な絵画「ヴィーナス誕生」で髪の長い美神が立っている台座はホタテ貝です(^^)。また、英国最高位のカーター勲章を受けたチャーチルが作ることを許された新しい紋章のデザインもホタテ貝だったそうです。

それでは日本はと言えば、縁起の良いことずくめです。扇貝(おおぎがい)、海扇(かいせん)、という別名もある通り、扇形の姿が末広がりでたまらなく嬉しい。おまけに、帆立貝の名前の由来でもあるのですが、片殻を立てて海底を進む様を夢想して、帆を立てて海面を滑る帆船のようで、「順風満帆」を意味する、真にもってめでたい貝だということになったのです。祝言の謡い「高砂やこの浦船に帆をあげて・・・」につながるのです。各地で祝い事に欠かせない食材となりました。

生態・・・(^^)
ホタテ貝は青森県陸奥湾の場合は、水温が6〜10度になる3〜4月に産卵します。メスが卵子をオスが精子を放出して海中で受精します。受精卵は孵化後、海中を浮游しながら植物プランクトンなどを食べて成長し、およそ4  0日ほどで、足糸を出して岩礁や海藻などに付着します。この状態でさらに40〜60日間を過ごし、盛夏の頃には8〜10mmになって足糸を失い、落下して海底で自由な生活に入ります。ところが、ひ弱な稚貝にとって海底の環境は過酷です。高水温や酸素の欠乏で大半は斃死してしまいます。

逞しく生き残ったホタテ貝は、北海道の天然物の場合、水温が低いため成長が遅く、1年で2cm、2年で6cm、3年で9cm、4年で11cmに成長し、最大で20cm位になります。青森などの養殖物の場合は成長が早く、2年で10cm、3年で12cmになります。10cm前後で成熟し産卵行動に加わります。産卵期の卵巣はオレンジ色、精巣は白色になるため、雌雄の見分けは容易です。

世界に誇る養殖技術
このようなホタテの生態を解明するために、明治中期以降、数十年間に及ぶ研究が必要でした。不安定なホタテの生産を安定、増加させるには養殖技術の開発が欠かせなかったのです。中心となったのは北海道の常呂町と青森県です。ホタテ養殖のポイントは、浮遊している幼生を採集すること、足糸を失った稚貝を採集すること、そしてこれらを自然環境の中で、できるけ短期間の内に成長させることです。

気が遠くなるような試行錯誤の末、昭和38年から39年にかけて、幼生を大量に採集することができる装置(採苗器)を考案したことから、養殖技術は加速度的に進歩を遂げました。ここでは詳しい説明は省きますが、稚貝をカゴに入れて海中に吊す方式と、貝の耳状部に穴を開け、縄を通して吊るす「耳づり方式」とで養殖されています。現在、天然・養殖を含めて主な産地は、北海道オホーツク海沿岸、噴火湾、青森県陸奥湾、三陸などです。

▽天然と養殖
消費者への「表示の基準」が一段と厳しくなっている現在でも、ホタテについては、人の手が全く入っていない天然と同様、中間育成した地撒きについても「天然」として表示することが認められています。これは遠浅が続き、冬に流氷で覆われるオホーツク沿岸などで主に行われています。ちなみに味は、両者とも天然の環境の中で、天然で得られるエサを食べているので変わりません。

▼貝毒の話
ホタテ貝毒の発生のため出荷停止ということが今でもあります。でも近年では検査態勢が確立されていますので、すべて水際でのことで、家庭の食卓にまで入り込むことはまずありません。ホタテの貝毒には下痢性と麻痺性貝毒があります。これは毒素を持つプランクトンをホタテが食べて、それがウロと呼ばれる内蔵に蓄積され、これを人間が食べた時に発症します。この毒素は加熱しても死なないため、ウロ(楕円状の黒い内蔵)は食べる前に取り除くか、なるべく食べない方が良いでしょう。安全性が確認されていても、食べて美味しいものではありませんので。

▼目利きのポイント・・・
殻ホタテの場合だと、殻を少し開いていて指で触れると素早く閉じるものが新鮮。反応の鈍いものは弱っています。生の貝柱は、こんもりとして弾力があり透明感と艶のあるものが新鮮です。また、干し貝柱は澄んだべっ甲色のものが良品です。また、ホタテは通年味はさほど変わりませんが、一般的に10月頃から産卵前の冬場が旬とされます。

▼ホタテパワー全開!
ホタテの貝柱は甘味と旨味の濃い、高タンパク低脂肪の健康食品です。また、糖質の分解を助けるビタミンB1や血圧を正常にコントロールするタウリンも多く含みます。さらに、最新の研究でホタテ貝の持つグリコーゲンがガンを抑制することが発見されました。

▼エンジョイ・クッキング
ホタテ料理は和洋中、何でもござれです。貝柱の刺身や酢の物、和え物、サラダとして生食はもちろんですが、殻付きのものなら殻からはずし水洗いして右殻に戻し、酒と醤油をかけて貝殻焼きにすると風味がとても良いです。その他にも鍋物、フライ、バタ焼き、炒め物、クリーム煮など煮物、蒸し物椀種、炊き込みご飯等々、ホタテ料理だけで一冊の本になるほどです。色々な料理に挑戦してみて下さい。

■お刺身の切り方
貝柱を切る時、包丁を横から入れる人が多いと思います。この切り方だと、とろっとした柔らかい食感になります。歯ごたえを味わいたい場合は、包丁を貝柱のスジに沿って縦に入れてください。こうすると繊維を切断しないの  で本来の歯ごたえが残ります。両方試してみて、お好みの切り方でどうぞ。


■メールマガジン<お魚よもやま情報>2006年10月号