◆◇◆芸達者な王様の話◆◇◆

イシダイという名前を耳にしたことはあっても、見たことがない、食べたことがないという人が多いと思います。当市場でも小型の若魚は比較的安いので、小売店でも仕入れますが、成魚になるともっぱら寿司屋、料理屋向けです。その姿をよく知っているのは、釣り師か水族館好きの人たちでしょうか(^^)

イシダイってこんな魚です・・・・
イシダイはスズキ目イシダイ科に分類され、インド洋と太平洋に1属6種、日本周辺にはイシダイとイシガキダイの2種が分布しています。北海道以南の各地沿岸、水深50m位までの岩礁域が主な住みかです。いわゆる「あやかり鯛」で、スズキ目タイ科のマダイやチダイ、キダイ、クロダイなどとは違うグループです。
体形は楕円形で側扁し、体高が高く、口はとても小さく、背ビレと尻ビレの後部が盛り上がるように大きくなっています。幼若魚期は雌雄とも灰青色の地に明瞭な七本の黒い横帯があります。一見、地味な配色の熱帯魚の様です。このトレードマークの横帯はオスは老成すると不明瞭になってやがて消失しますが、メスは消えずに残ります。最大では80cm位になります。
また、口が小さいためよく見ないと気づきませんが、とてもユニークな歯の持ち主です。歯が上下ともそれぞれつながって、鳥のくちばしの様になっているのです。それも、上下の唇を少しめくってみると、上の歯が出た「出っ歯」です・・・失礼_(._.)_ 。

仲間のイシガキダイは姿形もよく似ていますが、横縞模様ではなく石垣模様です。この無数の小さな斑紋はイシダイ同様、老成すると消失します。分布域は本州中部以南で、イシダイよりやや南方寄りですが、住みかはイシダイと重なります。

混血種=キンダイ?近大!
自然界の中で近縁種と言えども、混血が産まれるのは大変珍しいことです。そんな希な例がイシダイとイシガキダイの間で起こることがあります。その新種は言わば、イシガキイシダイです。大きな縞模様と小さな斑紋が混在します。これを人為的に産み出したのが近畿大学で、「キンダイ」と命名しました。分かりやすい名前?ですね・・・(^_^; 。

荒磯の王者
釣り人にとって憧れの魚は数多くいます。その中でも「磯釣りの王者」とか「荒磯の王者」と最大級の称号を与えられているのがイシダイです。大物は滅多に釣れません。ようやくのことでハリ掛かりすると、想像を絶するほどの圧倒的なパワーで釣り人を興奮させてくれます。希少性、駆け引き、力強さと釣りの醍醐味を堪能させてくれる魚なのです。

水族館の人気者
老成したイシダイの姿には王者の風格が漂います。ところが縞模様も鮮明な幼若魚時代のイシダイはまったく別のキャラクターです。用心深いのに好奇心旺盛、そしてとても頭が良く人なつっこいのです(^^)。夏の海水浴場で不意にツンツンと体をつつかれ、驚いてその相手を見るとシマシマのイシダイだったり、テンテンのイシガキダイだったりするそうです。このため神奈川などでは「チン○カミ」の異名も付いています(^_^; 。
水槽で飼うのも比較的容易ですが、大きくなるので長期間飼うにはそれなりの設備が必要です。イシダイの頭の良さ、学習能力の高さは、これまでの様々な実験結果で報告されていますが、これを公開して楽しんでもらおうと企画した水族館がありました。「石鯛君の輪くぐりと、足し算・・・」ショーなどを皆さんもご覧になったことがあるのでは・・・(^^)

二枚刃?の切れ味!
イシダイのユニークな歯は、もちろん、その食生活に関わっています。歯の様子を詳細に観察すると、くちばし状に繋がった歯列の内側に何層もの小さな歯列が並んでいます。これはいわゆる「替え刃」です。硬いものを噛み砕いて歯が摩耗すると、次の歯列に替わるのです。犬歯ではなく臼歯ですが、これが砕く強さの秘密です。歯というより骨と同化した「顎」そのものです。好物は貝類とカニ、ウニ類です。アサリやサザエ、ウニ、フジツボなど硬い殻をバリバリと噛み砕きます。

名前の由来・・・
石をも噛み砕く歯を持つ魚だからイシダイ、というのがごく自然で、定説のように言われています。もう一つの有力な説があります。古書にある「ひさうお」はイシダイのことだとする説です。「ひさ」とは「いさ」と同義語で斑紋を持つ魚の意味で、鯛のように平らな体であることから「いさだい」。これが訛ってイシダイになったというものです。

沿岸各地に住む磯魚ですので、地方名もたくさんあります。幼魚時代を「シマダイ」と呼ぶ地方は多いですが、同じく西日本では「さんばそう」と呼ばれます。これは縞模様が能の三番叟の烏帽子に似ていることに由来します。他にも「キョウゲンバカマ・ナナギリダイ・ナナシマ」などがあります。また、老成して吻が黒くなったものは「クチグロ・カグロ」と呼ばれます。

生態・・・
イシダイの産卵期は4〜7月で旬の時期でもあります。産卵場所は外海に面した岸近くで、オス達が1尾のメスを追いかけ回し最後まで勝ち残った者が親の座を獲得します。産卵はだいたい午後6時から8時の間に行われます。受精卵は海中を浮遊しながら36時間ほどで孵化して、2.2mmくらいの幼魚が誕生します。20日後には9mmほどに成長し、15mmになるまでに縞模様も整って成魚と同じ姿になります。この頃から流れ藻について潮の向くままの生活を始め、3cm超になると岸近くに住み着き、群れを作って行動し、甲殻類などを食べて成長します。

やがて1年で15cm位になると岩場に引っ越し、ウニやフジツボなど殻の硬い生物も成魚並に難なく食べるようになります。2年で22cm位になりますが、この時代までは岸から20km以内の沿岸で過ごします。メスは20cm位、オスは13cmで成熟し産卵行動に加わります。その後、3歳で25cm、6年で40cmあまりに成長し、寿命は10〜20年と言われます。

回遊群と根付き群
イシダイの行動範囲は30cm以上の成魚になるとかなり広がることが分かってきました。静岡県で行われた標識放流の結果、3月に放流した群が南下回遊を始め、15日前後で三重県の定置網に掛かったのです。同じく4月に放流した群れは南下をせず、止まったそうです。まだまだメカニズムは解明されていませんが、回遊群と根付き群がいることは分かっています。

イシダイパワー全開!
良質なタンパク質が含まれています。脂質にはDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)等の高度不飽和脂質酸が含まれていますので、動脈硬化の進行を遅らせ、生活習慣病を予防する効果が期待できます。

目利きのポイント
眼が鮮明で、体のぬめりが透明なこと。また、体に張りがあって締まっていることがポイントです。この状態であれば、活〆でなくても十分刺身で食べられます。市場価値が最も高いのは、使い勝手がよく、最も美味いと言われる40cm(1〜1.5kg)くらいのクチグロ。あまりに大型の物は味も落ちるとされ敬遠されます。

エンジョイ・クッキング・・・皮も美味い!
イシダイは高級な釣り魚の割には味は今ひとつとか、磯臭いという話も希に聞きますが断じてそんなことはありません!釣った後の処理や鮮度管理、調理の仕方が悪ければどんな高級魚でも美味しくありません。
薄造りにしたイシダイの身は透き通り、歯ごたえがあってほのかな甘味と確かな旨味が広がります。同じく夏魚の代表のスズキやコチよりも濃厚な味わいです。洗いや煮付け、蒸し物、塩焼き、ムニエル、うしお汁などでどうぞ。皮はゆがいて細切りし、ねぎしょうがの千切りをあしらってレモン汁で、あるいは竹串に巻いてカリカリに焼き、醤油をたらすか塩とレモン汁でも。酒の肴に最適です。


■メールマガジン<お魚よもやま情報>2008年7月号